|
Page [ 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 ] |
|
なんでまた、こんなところまできて初対面の人間とケンカしてるかな……。
ため息をついて自分を嘆きたくなったところで、
「ぎゃ」
と、護岸の下からキミ女の声がした。
それまでの、張り上げたものより大分、音量を抑えていたけれど、ボクの耳はその声を拾った。
気にしないことにして、しばらく歩いた。
やがて気になってどうしようもなくなって、足を止めた。護岸の下へと目を向けてみる。
「うわ、こらっ。タマっ、止めなさい、ちょっと」
キミ女は数メートル後ろにいた。大きな犬に絡まれていた。舌を垂らして嬉しそうな顔をしたゴールデンレトリバーが、キミ女を追いかけ回していた。
「ちょっとダメっ、ダメだってば! こらっ、タマっ!」
タマという名前らしいゴールデンレトリバーの土足が、キミ女の制服を汚す。
キミ女は本気で逃げているように見える。けれど犬のタマの方が上手だ。フェイントやら何やらでキミ女のコースは操作されて、ぐるぐると半径数メートルの円を回る追いかけっこになっていて、追いつかれてはベタベタとキミ女の制服は土足で踏み荒らされてしまう。キミ女の方は学校用の革靴なので砂浜を走りにくいというのもあるのかもしれない。
「やだーっ。止めてよ、ホントにっ」
キミ女の叫びは懇願に変わり始める。
「汚れるっ、もうホントに制服汚れちゃうってば、タマっ、ダメでしょっ。止めて、お願いだから止めてってば」
初めは面白がって指さしてケラケラ笑っていたボクだったけれど、キミ女のあまりの必死さにちょっと可哀想になってきた。テレビのニュースとかネットの動画ならただ単純に笑い転げて終わりだったろうと思う。
数メートル先にはまた、砂浜へと降りる階段がある。ちょっとの間、その砂にまみれたコンクリートの段の連なりを見つめた。
しかしまぁ、降りて行って、どうなるというわけでもない。他人だし。
もう一度、キミ女と犬のタマの追いかけっこへ目を向ける。状況に変化はなし。キミ女は犬のタマにじゃれつかれている。
砂浜の少し離れたところ、ボクたちが向かっていた方向から別の声が聞こえてきた。
「ごめんー、雪野ー」
女性がひとり、早足で近づいて来ていた。金髪だけれど、それは染めたり抜いたりしているのだろう。明らかに日本人だ。下はブラックのジーンズで、上は遠目でも分かるくらいに大きな黄色い花がプリントされている紫のロンTで、要するに私服だった。
「こらっ、タマっ。やめなさいっ。やーめろーって言うの」
金髪の彼女は、べったりと抱きつくような格好でキミ女に寄りかかるタマを、後ろから羽交い締めにして引きはがそうとする。けれど、体重があるせいか、なかなか剥がれない。金髪の人がタマを羽交い締めにしている隙に、キミ女が後ろへ飛び退けばいいのだろうけれど、あわくって頭が回ってないのか、もしくは無理に動いて制服が破れるのを案じてか、キミ女は上半身だけオモチャのように慌てふためきながらも、そこに突っ立ったままでいる。
すこしの間、金髪の人の苦戦が続いた。やがて、飽きたのか、犬のタマは自分からキミ女の体に乗っけていた前足を下ろした。どうやら満足したらしい。タマは元気よくしっぽを振っている。その後ろで、金髪の人も肩で息をしていた。
|
Page [ 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 ] |
|
|