Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第2回

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 と、こういう生活が平均的なところだったかと言うと、実はそうでもない。
 エンターテインメント性を気にかけてインパクトのあるところを抜き出してみただけで、実際にはもっと穏やかな日々の方が多かった。
 また、これは五月の某日のことで、まだボクが意気盛んだったころのことでもある。六月に入ってからは先にも言った通り、本当に朝から晩まで(もしくは晩から朝まで)なにもしないでぼーっとベッドの中で携帯を握りしめているだけで終わる日だってあったのだ。そしてこれも前にも言った通り、鬱で暴力的になる時もたまにはあり、夜中の公園で誰も見ていないのを確認しつつ無意味にフェンスを足でボコったりしたこともあった。けれどそれも、そういう日もあった、というだけのことだ。鎌倉の海へと家出するまでの一ヶ月と二十日程度の間できわめて日常的と言えた行動は、夜中にコンビニに行く、親バレしないようにこっそりお風呂に入る、ネットをする、テレビを見る、この四つで、それだけ見ると別に大したことをしていたわけでもなく、全部ひっくるめて見下ろしてみると、たまに情緒不安定になる深窓の令嬢、と言う感じがボクを表すのにちょうどいいのではないだろうかと思う。ボク自身は姿形も服装も言葉遣いも、深窓の令嬢という感じからは程遠いけれど。
 とにかくボクは父には逆らわないようにしていた。レイプされそうになったとか、そういうのだったらフライパンで頭殴ってでも抵抗しただろうけれど、一、二発殴られて、それで安泰の生活が買えるのだったらアザぐらい安い物だと思っていた。というよりも、思うことにしていた。あるいは思っていないとやっていられなかった。
 ひきこもって不登校を始めてから、どんな汚い言葉をかけられても殴られても頭の上からお茶をかけられても父とケンカをしたことはない。口答えもしなかった。そもそも悪いのはひきこもりで不登校をしている自分なのだから耐えている……のではなくて、ケンカなんてしても無意味だからだ。父が相手のことだけじゃない。お互いの本音とやらをぶつけたところで、それで理解し合えたりするとかありえなくて、どうしようもない事態が好転することなどはありえなくて、却って状況は悪化するばかりだとボクは知っている。後に残るのは疲労、憎悪、その他の役に立たない後悔。少年マガジンとかに載ってるような時代遅れのヤンキーマンガではないのだから、友情も愛情も、お互いをののしり合ったり殴り合ったりするような言動からは決して芽生えない。ケンカなんて無駄だ。道徳的にどうというわけではなく、本当に無駄だからしてはいけない。



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