Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第2回

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 夜。
 目を覚ましたので、早速、掃除をはじめることにした。
 その前に、携帯にメールが届いていないかチェックする。メールは来ていなかった。まぁ、仕方ない、と思う。継続は力なり。続けて行けば、そのうち来るだろう。前向きに何度でも続けるのが大事なはずだ。でも、一日に何回もとかだと、ちょっと怖い人になってしまうので、次に送るまで適度に期間を空けた方がいいかな?
 さて、掃除。
 散乱した物の片付けが終わったのは、十一時をちょっと回ったころだった。起きたのが夜九時だったので大体、二時間かかったことになる。寝たのも九時台だったので十二時間近くも眠っていたことになるけれど、昨日、寝る前は四時間笑い転げっぱなしという過酷な運動をしていたので、これは仕方がない。
 前回の部屋片付けにかかった時間は三時間ぐらいで、その前は三時間半ぐらいかかっていたから、ボクの片付けのスキルは着実に上がっていっていると言っていいだろう。掃除直前の部屋の散らかり具合は、毎度同じぐらいだ。真上から見たとき、シルクロード以外にはカーペットの見える所がない。
 ひきこもってから一ヶ月かそこらの間で、上達するだけの回数を重ねているということは、それだけ猛スピードで目も当てられない状態にまで散らかしている、ということでもある。どうして散らかるのかと言えば、この部屋にずっといるからだ。肩が凝ったら一階の押し入れに放置されていたマッサージ機を持ってくるとか、久しぶりに聞きたくなったCDをiTunesに取り込もうとして棚から手元にもってくるとか、その時その時に必要になったものを持って来て、使わなくなったら脇へとレンガのように積んで行くうちに、座椅子に座ってネットをしているボクの回りに城壁が出来てしまう。
 カーペットがたくさん見えていると幸せな気分になった。
 部屋の中央で腰に手を当てて、ボクはとても晴れ晴れとした表情で愉快にうなずく。
「よし、ついでだ」
 掃除機をかけることにしよう。
 下の階に置いてある掃除機を取りに行く。爽やかな達成感に浸って、階段を下りる足取りも軽い。
 最後の一段から足を下ろして、一階につくのと同時に、奥の方から、ガス爆発でも起こったかのようなドアの開く大きな音が響いた。次いで、乱暴で早い足音がボクのいる廊下へと向かってきて、ヤバい、と思う間もなくパジャマ姿の父が現れる。
「葉月ッ」
 いきなり怒鳴られる。
 この手の失敗は今までにも何度か経験がある。つい調子に乗って、この夜中にスキップの要領でがたがたと階段を下りてきたのがまずかった。謝ろう、と瞬時に考える。
「学校行け、お前は学校行け」
 近所中に響き渡るような声でそう叫ばれて、ボクは迷う。なんの前フリもなくいきなり「学校行け」は初めてのパターンだ。
「え……」
 夜なので、廊下に明かりはついていない。けれど、暗闇の中でも父の顔が大きく歪んでいるのが分かった。
「今すぐ学校行けっ、このひきこもりっ。出て行けっ、ひきこもりっ」
 階段を降りたすぐ先にいたボクの方へ父が近づいてくる。
 ボクの頭の中には、
 ・逃げる
 ・戦う
 ・魔法
 の三つの選択肢が現れたけれど、どういうわけかどれも選べなかった。どうやらバグらしい。



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