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とりあえずは浜から上がらないとダメだな……。
背骨がむずがゆい。睡眠欲が押し寄せてくる予兆だ。
少し先に、階段が見えた。護岸の上へと登るコンクリートの階段で、その上まで登ればファミレスでも見つかるに違いない。出発地点である鎌倉の海岸では、確か、前にデニーズか何かがあった。ドリンクバーでも頼んで、テーブルに突っ伏させてもらおう。
「がんばれ、がんばれ」
口の中で小さくつぶやきながら、重い足を動かして行った。靴の中に入った砂がざらつく。ファミレスがあったとして、そこで少し眠ったとして、起きた後にどうするかはまだ考えていない。少し眠れば、もう少し頭もしっかりしているだろうから、その時に考えよう。できれば、お風呂に入りたいけれど、銭湯とか日帰りで入れる温泉とかは近くにないものだろうか。
階段についた。足を持ち上げる辛さを覚えながら、なんとか段を登ろうとする。何段か登った時に、片手がまだポケットの中に入っていて、まだ携帯を掴んでいるのに気がついた。またさっきみたいな状態になったら嫌だな、と怯えながらも、強く握りしめすぎて壊れていないだろうかと不安になって、波の音に合わせた深呼吸をする。もう一度、同じように深呼吸をしてから意を決して、ポケットから携帯を出してみる。階段の途中で、右足を先の段、左足を後の段に置いて立ち止まり、海の方を向いて護岸に背をつけ、出した携帯を適当にいじってみる。受信箱にはやはりまだ何も届いていない。送信ボックスもさっきと同じように見た。「はろー」とか、「どうよ?」とか、「あはは」とか、空回りの言葉が幾つもタイトルとして並んでいた。何秒かじっと見つめたけれど、ボクにはなにも起こらなかった。ボクには、なにも。
ただし、ボクの目の前では、一台の自転車が派手な音を立てながら転げ落ちて行っていた。
この自転車に乗っていたのが、雪野……鶴川雪野だった。
彼女は地元の高校の二年生で、後に見せてもらった履歴書の特技の欄には自転車運転と書かれていたのだけれど、それを見たボクは、道を誤ってあれだけ派手に階段を落っこちてしまったのだから運転は下手なのでは? と思った。と、同時に、いや、あれだけ派手に落ちたのに捻挫も骨折もしなかった(さすがにかすり傷は負っていた)のは、やはり運転が上手いと言っていいのでは? とも思わずにはいられず、しばらくの間、悩んだ。ネットでググっても答えは出そうにないし、結局は放っておくことにした。
少なくとも、空中で一回転か一回転半、もしかしたら二回転ぐらいはしていたと思う。
並の人間にできる技ではないのは確かだ。できてもボクはやりたくはないけど。
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「………………。…………。……あ、あの……葉月さんもなんていうか、あの……え……っと……。……あ、あのっ、つ、ついに雪野さん登場です、ね……ハイ、ハイ……。そのあたし、その場にいなかったので、楽しみです、ハイ……はははは……」
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