Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第1回

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 右というのは、東西南北で言うとどっちに当たるのだろう。歩きながら、そんなことを考えている。実際のところどうでもいいことではあるのだけれど、やはりボクは相当疲れているらしく、どうでもいいことを考える頭が止まらない。余計なことを考えるそのバックグラウンドで音楽がループで流れて来ていて、それは夜中に大声を張り上げてメドレーで繋いだミッシェル・ガン・エレファントではなくて、歌っているのが誰だかは知らないけれど、CMやドラマで良くかかるから聞き覚えのあるあの曲、映画の主題歌だとは知っているけれど、その映画自体は見たことがないあの曲、「スタンド・バイ・ミー」だった。英語の成績があまり良い方とは言えない高校一年生であるボクの頭の中で流れるのだから、全てが英語の歌詞は曲名と同じと思しきサビの部分だけがはっきりと発音されていて、他の部分はいい加減で意味すら分からない歌声が、ボボボン、ボン、ボボボン、ボン、ボン、と低く単調に鳴り響く弦の音に乗っている。それがまた妙に波音と合っていて心地よい。要するにボクは「落ちる」寸前なのだ。本当にもう、どこかで寝たい。出来れば、ちゃんとしたところで。それでも歩く。
 終電か、ほとんど終電に近い時間のJRで鎌倉に降りて、そのまま海岸まで二十分ぐらいかけて歩いて浜へ降り、右へずっと歩いてきた。右。太平洋はハワイの方向……ハワイと言えば、南の島、だからきっと南へ向けて広がっているのだし、東北地方は日本地図では右上の方にあって、太平洋を目の前に日本海を背にした時の位置に地図を回転させればいいのだから……この場合の右は……ええと……西? 中学入試の試験問題にでもなってそうだ。「問い。山崎葉月さんは、ある夜、電車で鎌倉へ辿り着きました。大仏のミニチュアに見送られながら鎌倉駅を出てバスターミナルを迂回するために右へ行き、交番前をびくびくしながら通り過ぎ、その脇に立ち並ぶ電話ボックスを通行の邪魔だなと眉を寄せながら通り過ぎ、一階にスタバのある(さすがに閉まっていた)109の横を過ぎ、商店街らしい並びを突っ切って出た車道沿いに右へ二十分ほど歩いた更に先にある浜辺を、ずっと右へ歩きました。途中で一旦、護岸の上にある街の方にも上がりましたが、朝になってまた、続きの浜辺を同じ方向へ、巨大なドリルみたいな塔が突き刺さった島をめざすように歩いています。さて、山崎さんは今、東西南北のどちらの方角に向かって歩いているでしょう?」
 「鎌倉 海 方角 右」あたりでググれば(ネット中毒の人は、インターネットで検索することを「ググる」という。検索エンジンのGoogleから来ている)答えは見つかるかもしれない。インターネットというのは、こういう、眠くて疲れた時の頭が思いついた、どうでもいい疑問の解答を見つけるのに、時には役に立つ。見つからない場合も多いし、冷静に考えれば見つかったからどうだと言うのが素直なところだ。しかも、そんなつまらない思いつきをググり続けているだけで、平気で一週間とか二週間とかぐらいの時間が過ぎ去ってしまう。簡単に言ってしまうと、時間の無駄だ。無駄なことでも有用であるかのように思えてしまうところにインターネットの罠があって、無駄の積み重ねを続けている自分に耐えきれなくなったのも、この家出旅行の動機のひとつだった。
 今、波の音に脳を侵されながら感じているのは、そんな行動もやっぱり無駄だと言うこと。そしてそれが無駄だと思い込まされたくって、一旦は出たきちんと舗装された道路の上から、普通に歩くだけでも体力を余計に消耗する浜辺へと、ボクは戻った。夜中の池袋を出発したJRに乗っていた頃には、ものすごく硬い悲壮な顔をしていたと思う。夜の闇を映す車窓に青白く暗い半透明で上書きされた、心霊写真みたいな自分の顔を睨みつけて、なにやってんだコイツ、と憤った。家から何百メートルも離れて、駅の改札を通って構内に入りホームに立って、到着した電車のドアが開く音にびくっと体を震わせてから、心の中で「お邪魔します」などとつぶやきながら車内に入って、江古田から何駅も離れて池袋について、JR乗り場まで階段を降りて、とりあえず最短距離の切符を買ってJRに乗ってしまった「なにをやっているのか分かっていないコイツ」は、これからは無駄にならないなにかをしなくてはならない、と、妙な決意をしたりもした。なにをやっているのか分かっていない上に、なにがしたいのかも分からないし、そもそもがなにも考えていないのだから、なにかできる訳がない。かいつまんで言うと衝動的なただの逃避行であって、そこに意味を求めること自体が、すでに無駄な行為なのだ。



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