4 『Junior Sweet』
「じゃ、なに? 鎌倉から歩いて来たわけ」
と、金髪の人……みささんが言う。みささんは歩き続けながら、ボクの方を何度も何度も見ている。
「ええ、まあ……」
チラ見されるのが恥ずかしくて、ボクの答えは言葉尻が濁る。
わざとらしく「はッ」と短く息を吐く音が背後で聞こえた。続けて、
「バカじゃないの」
と、キミ女……雪野が言った。
ボクとみささんが並んで歩き、その後ろに雪野が自転車を押しながらついてくる格好になっている。
ボクは肩越しに横目で睨みつける感じで、
「うるさいなぁ」とボヤいた。真後ろにいる雪野の姿は見えていない。
犬のタマは護岸下の砂浜を、てくてくとピアノの上を転がるピアニストの指みたいにリズム良く歩いている。ボクたちよりも何メートルか先に行っていて、少し行き過ぎかな、と思えるようなタイミングで
「タマっ」
と、みささんが声をかけると、立ち止まり振り返る。そして、首に巻いたら気持ち良さそうなふさふさの尻尾を大きく振る。
間近で見ると、みささんの髪の毛は本当に真っ金々だった。
タマを雪野からはがそうとしている時の必死な姿が印象的で、思い返してみればそれはやっぱり台風情報のアレみたいに滑稽で、そのオカシさのお陰で和らいでいるけれど、ちょっと怖いかもしれない。どこか眠たげな丸まった声には、どこかしらにドスが忍ばせられている気もする。
ボクが必死こいて受験勉強して合格した高校は進学校で、だからなのか、髪の色を抜くにしても染めるにしても薄い茶色ぐらいまでで、ここまで潔くゴールデンにする人はいなかった。もしかしたら本当はいたのかも知れないけれど、ボクが通っていた一ヶ月の間には見なかった。中学校は、高校よりも大分、レベルは下がってマンガに出て来るような不良っぽい人は確かにいたけれど、掃き溜めとか吹きだまりとかで形容されるようなガラの悪い学校でもなかったし、そういう人は少数で、その中にも金髪はいなかった。学校を離れて、たとえば池袋なんかに遊びに行くと、たまに見かけたけれど、それは知り合いですらない本当の他人だったし、会話の機会なんて殆どない。CD屋の店員とか本屋の店員とかとはひと言ふた言、言葉をかわすけれど、それは会話と言っていいのか……と考えた所で、男だと結構いるよな。と、ふと気付く。ここまで、いないいないと恐がっていたのは、女性限定、白髪を染めて紫にしているおばあちゃんとかを除くと女ではここまでキツい色にしている人は、ボクの周囲ではあまり見かけないなという事であり、無意識的にボクは男女差別をしていたわけだ。差別は良くない。
でも、親しい人の中には今までいなかったのは事実であって、怖いのには変わりない。それは女でひきこもりはあまりいないイメージがあるので女ヒッキーは気持ち悪い、というのと同じだろう。気持ちのいいヒッキーなんてものがあるのかどうかという話もあるけれど。
たとえば池袋も、サンシャインとかがある方とは線路をまたいで反対側の、ソーブランドとかがある界隈には、そういう真っ金々の方たちが沢山お勤めしていらっしゃるのかもしれない。あっち側には、援助とかとは縁のない真っ当な若い娘が遊ぶところがなくてあまり行った事がないので、本当はどうか知らないけれど、風俗嬢というのはボクの中では、そういうイメージだ。
つまり、ボクはみささんを風俗産業にお勤めの人かな、と思っている。
そう言えば、と歩みを止めずに思い返す。
みささんは雪野を「店」へ連れて行くと言っていた。
砂だらけになった雪野に「シャワーを浴びさせるため」である。
シャワーのある店、だ。
アルバイトの経験がないので、レストランとか喫茶店とかの裏側というものがどうなっているのか良くは分からないのだけれど、シャワールームは普通、ついていないのではないだろうか。イメージとしては、打ちはなしのコンクリートに安っぽいロッカーが置かれた部室みたいな感じだ。
してみると、雪野の制服姿もなんだか怪しい。
顔も肌も高校生の範囲内には見えるけど、実は二十歳を超えていて、お客からの注文でそういう制服を着ているとか。
最近はデリバリーヘルスというものがあるらしい。コンビニに置いてあった実話系エロ話のマンガを立ち読みした限りでの知識だけれど、客がラブホとか自宅から風俗の人を電話で呼び出して女の子を宅配してもらい、性的なサービスをしてもらうものらしい。さっきの雪野はまさしく自分のカラダを客のもとへとお届けに上がる途中だったのではないか。
……なるほど、それで行くが嫌なのだ。合点が行った。
お金のためとは言え、本当に嫌なお客もいるに違いがない。とは言え、嫌なお客であっても、お金のためなら我慢しなければならない。だから、何か行かなくて済む理由が欲しかったのだ。そうだ、雪野は学校に遅れる、と言っていた。風俗嬢のデリ先を学校に指定するような下衆な奴だ。そんな奴、一億円積まれたってボクも嫌だ。五十億ぐらいなら、ちょっとぐらいは考える。
雪野が少し可愛そうになって来て、後ろを向いた。立ち止まってはいない。ずっと歩き続けている。
「……なによ」
雪野は上目づかいで軽くボクを睨みつけた。
ボクは軽く首を振ってから、また前を向いた。
雪野が「なんだこいつ」と、ボヤいたのが聞こえた。
しかしまぁ……良く考えてみれば、ボクもなんとなくついてきてしまっているけれど、それでいいのだろうか。
いや、いいわけはない。
このまま辿り着いた所が本当に風俗店だったら、どうしよう。ボクは十五歳で多分風営法にひっかかるし、未経験なので男性の客を喜ばせるようなテクとかはないから、きっと働かせてくれと言っても不採用だろうとは思うけれど、世の中、そういう女の子が趣味な人も多いかもしれないし侮れない。
本当に危なさそうだったら、店に入る前に逃げるなり助けを呼ぶなりすればいいのだろうけれど、今、ひと晩歩き続けたせいで体力はかなり消耗しているし、実際、こんな下らない事を考えているのは眠いせいだろうし、店からヤクザみたいな男が出て来て飛びかかられたりしたら逃げきれる自信はない。
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